blog134.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

先日、インフルエンザの予防接種を受けました。

インフルエンザに罹るとフーヴァーレポートに支障が出ますし、昨年は足首を折って大変な目にあった痛い経験がある。身体を整えるために、できるかぎり予防して欲しいという助言で、インフルエンザのワクチンを受けることに。

インフルエンザの予防接種は任意ですが、あなたも、幼いときや小学生のときに強制的に予防接種を受けたことでしょう。私の左腕をみると、子どものときに受けたハンコ注射の跡が未だに残っている。きっと、あなたも、注射の苦い思い出があるはず、、、

さて、日本で予防接種が法的に決まったのは、いつ頃なのでしょうか?
 それは、1948(昭和23)年。マッカーサー元帥率いるGHQが、日本を占領していたときなのです。

予防接種法


GHQが日本で円滑に占領行政を行うには、日本の公衆衛生を増進させたい。なぜなら、アメリカの将兵たちが、日本の風土病や感染症に罹ることを防ぎたい。そのためには、日本人の健康維持も不可欠だったからです。

GHQは厚生省に命じて、1948(昭和23)年6月30日に「予防接種法」が制定させます。厚生省は「予防接種法」の成立を、「伝染病の流行は、他の文明諸国に対しましても一大恥辱」であるので、日本国民を感染から守り、国民福祉の向上・文化国家の建設を目指すものだと謳いました。

「予防接種法」は、12種類のワクチン接種を義務化し、罰則規定(3000円以下の罰金)を設けるという強力な法律。実際に罰則を受けた事例はありませんでしたが、ワクチンの接種率を上げる抑止力として罰則規定が働いたのです。

集団接種と医療事故

予防医学の観点からも、ワクチン接種によって多くの命が助かりました。効率的に予防接種を行うために、会場は地域の小学校で行われた。学校と予防接種は、占領期から深く関わるようになり、GHQの政策は戦後の予防接種行政の礎になったのです。

もちろん、その影では、予防接種を受けたことで後遺症を患う悲惨な事件も起きました。ジフテリアの予防接種を受けた乳幼児が80名以上も亡くなる「京都ジフテリア予防接種禍事件」は、その典型です。ワクチンが無毒化されておらず、ジフテリア菌の毒素が混入したワクチンが接種されてしまい被害が拡大した。

予防接種には、光と影がある。

注射の跡をみると、日本の医療の歴史とGHQの政策が根深いことがわかります。



ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・手塚洋輔『戦後行政の構造とディレンマ』(藤原書店、 2010年)
・厚生省五十年史編集委員会『厚生省五十年史 記述編』(財団法人厚生問題研究会、 1988年)