blog138.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

日本で、本格的に軍事研究が行われる日はくるのだろうか。

戦後、日本の大学では、軍事研究はタブー視されてきた。太平洋戦争に敗北し、平和憲法の精神を受け継いだ戦後日本において、大学の研究者が軍事研究に従事することに嫌悪感があるからです。 

しかし、世界に眼を向けると、世界の科学者たちは、軍事研究を当たり前のように行っている。そして近年、日本でも「軍事と学問」が再び近づきつつある。

アメリカ軍から、日本の研究者に対して研究費が提供されはじめており、日本の大学は大きな岐路に立たされている。

総力戦と科学者

20世紀の戦争は「総力戦」。
国家の科学力の差が、戦争の勝敗を分けました。

兵士の数や勇猛さでなく、兵器の破壊力がものをいったのです。兵器の質と量は、国家の科学技術水準・工業生産力・工業資源・補給力に依存します。

科学者も、愛国心を示すため積極的に戦争に加担。科学者として、国の為に尽くすことが当然とされていたからです。科学者にとっても、研究の知識や開発した技術が国の役に立てば、積極的に協力しようとする気持ちが湧きます。

民生利用と軍事利用

軍事研究といっても、敵を攻撃する武器だけを開発することが、研究とは限りません。防衛技術、負傷兵への治療法など多岐にわたる。科学の成果は、民生利用(平和利用)にも、軍事利用にも使われます。

問題は、民生利用と軍事利用の間に明確な線引きができないことです。たとえば、包丁は料理に不可欠ですが、使い方を誤れば、人を傷つけたり犯罪に使われる。これと同じように、ドローン、無人自動車、ロボット、偵察衛星など文明の利器も使い方次第で凶器になる。科学技術は、諸刃の剣。

警戒する点は、研究者と軍事研究には力関係が生まれることです。

軍は豊富な資金を持っているますが、その一方で研究者は日常的に研究費が不足している。軍と研究者のあいだで従属関係が生まれ、軍の資金がないと研究が出来ないという構造が生まれてしまう。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・小沢郁郎『世界軍事史』(同成社、1986年)*名著です。
・池内了『科学者と戦争』(岩波新書、2016年)