blog139.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

英語への憧れと、日本語への執着。

日本人の「英語熱」は、いっこうに治まる気配はない。

戦時中は「鬼畜米英」と叫び、敵国語の英語を禁止。ところが、敗戦を迎えた日本は、手のひらを返したかのように英語に飛びついた。

ラジオ放送の英会話番組「カムカム英語」をはじめ、教育現場における「外国語指導助手」の導入、「ネイティブ・スピーカー」の設置、「英語教授法」(TESOL)の学位を修得した英語教員の配置を試みてきた。

はたして、その成果は如実に表れているのでしょうか?

社内英語


日本の大手企業は「社内英語公用語」を推進。日本人同士で英語をしゃべるという、植民地のごとき様相を見せました。

小説家の村上春樹は『やがて哀しき外国語』という本のなかで、「英語を使って人と喋るのは正直言ってかなり苦手である。僕は日本語を話すのもあまり得意ではなくて、喋れば喋るほどだんだん気持ちが重くなってくるところがある」と述べています。

落ち着いて考えれば、日本語で意思疎通をした方が早いですし、細かなニュアンスも伝達できる。その上、社内文書を英語で書いていたら労力もかかります。とくに、冠詞(a, the)や名詞(複数形)の表現は、文章を書けば書くほど、迷うところです。

外国語の効用

もちろん、外国語を勉強することはよいことです。文化や社会現象を多角的に分析できますし、日本語では思いもよらなかったことを、新たな視点から見つめ直すことができる。

しかし、ここで一度立ち止まって、冷静に考えてみましょう。

世界には何百、何千という言語が存在している。それなのに、なぜ「英語」を学ばなければならないのか。英語でなくとも、他の外国語でもよいではないか?

「英語ができる人=頭がいい人」という方程式を、一度考え直さなければならない時期にきています。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・村上春樹『やがて哀しき外国語』(講談社、1994年)