ウォルタートンプソン社


修士号を取得後、博士課程に入って勉強していたが、アメリカの実社会での経験がしたかったので、J.Walter Thompson(JWT)社というアメリカの大手で老舗の広告代理店にアカウント・エグゼクティブとして働き始めた。この会社の雇用方法がとても日本と違っているので、簡潔に紹介してみたい。

JWTはアメリカの有名大学を訪問し、MBA(Master of Business Administration,経営学で修士号)を持っている学生を面接する。ワシントン大学は、西海岸でJWTが訪問する4大学のうちの1校だった。

私の専門は経営・経済ではなかったが、コミュニケーション学と宣伝・広告企業は血の続いている親戚のようなものだ。


インタビュー


JWTの人事部長は私の成績表を見て、「広告のクラスを1つ取っているな。Cではないか!?」彼が驚くのは当然だった。大学院での「C」はそのクラスを落ちたこと。大学院では「A」か「B」を取らねばならない。Aは100点~90点、Bは89点~80点、Cは79点~60点だった。

JWTの人事部長は私が返答するのを待たず、「Mr.Nishi,あなたはなぜ、私のインタビューを受けているのか」。


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「私がJWTをインタビューしているつもりです」と返答したら、彼はドッと爆笑した。「広告でCを取った男と広告の話をしても、らちがあかない。君は何について話したいのか」。

「アメリカにとって最も重大な事件、ヴェトナム戦争について話したい」

彼の顔にピーンと緊張感が走った。


ヴェトナム戦争


当時(1968年)、アメリカ政府がヴェトナム戦争を迅速に終結させるため、若い男子に徴兵制(draft)を布き、50万人もの兵士をヴェトナムに送り出した頃だ。アメリカが賛否両論で、国が真っ二つになった時だ。

「本当にヴェトナムの話がしたいのか」

「アメリカにとって、これより重大な話はありません。ヴェトナムはアメリカにとって、かつて満州事変が日本帝国の命取りになったように、国がつぶれるほど大変なことです」

面接は15分のはずだったが、1時間続いた。私がアメリカのヴェ卜ナム戦争の悪について演説した格好だった。JWTの人事部長は黙って私の顔を見つめていた。ハッと気がついたように時計を見て、「もう帰ってくれ!」とユーモアを交えて、私を追い出した。



西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

結び/後記 富国日本の現状−10