博士課程での研究


博士課程で政治学と教育学を関連させた学際分野の勉強(interdisciplinary studies)を始めた。

政治と教育の関係は国の発展に一番大切だと考えたゆえの選択だ。博士課程は修士課程に比べ楽だった。言葉(英語)が壁でなくなったのと、アメリカの実社会での経験が大学院での理論的な学問に「肉」を加えた感じで、理論の強さ、弱さがよく見えるようになった。

事実、博士課程には実社会の経験がある人がほとんどで、実社会で働かないで、学部から修士・博士課程へと大学だけの世界の院生はごく数人しかいなかった。これはアメリカの大学院の強力な「力」になっている。討論も充実していた。


戦勝国の視点


国際政治、外交史にとても関心があったので、「日米外交史―第二次世界大戦」のクラスに入った。太平洋戦争について初めて詳細に学んだ。歴史とは、国が違い文化社会が違い、しかも勝った国から見るとこうまでも違うのか。日本では「大東亜戦争」ともいうが、アメリカから見れば、あの戦いは"Pacific War"太平洋戦争だ。


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日本の学校では、日本史で第二次世界大戦になると「広島・長崎の原子爆弾」の悲劇の話だけのように教えられるが、アメリカ側から見ると「原爆」は戦争終結の一手段にしかすぎない。

もっとハッキリ言えば、アメリカ人は原爆投下に関してなんら罪悪感を持っていない。アメリカ人が少しでも罪悪感を持ってくれれば、日本が受けた悲惨が減少するのではないかと、日本国民が身勝手に望んでいるだけだ。

アメリカは原爆で勝ったと信じている。


神風特攻隊


ワシントン大学の「日米外交史」で参考書のリストが配られた。30冊ぐらいの本が載っていた。これと決められた教科書はなく、リストの中から自分で10冊ぐらい読み、ゼミでの発表および討論となる。

私はアメリカ海軍水兵たちの「回顧録」を中心に読んだ。日本の「神風特攻隊」の記述を読んだ時、涙が止まらなかった。

10機ぐらいの神風がアメリカ航空母艦に突っ込んでくる。気が狂いそうな恐怖に震えながら、水兵たちは機関銃を撃つ。ほとんどを30分ぐらいで撃ち落とす。だが、時折、1機だけがいくら機関銃弾を浴びせても落ちない。銃弾の波の間をくぐり、近づいてきては逃げ、そしてまた突っ込んでくる。

国のために死を覚悟し、体当たりせんとし、横殴りの雨のような機関銃の弾をみごとな操縦技術で避け、航空母艦を撃沈しようとする恐るべき敵に、水兵たちは深い凍りつくような畏敬と恐怖とが入り交じったような複雑な感情を持つ。


西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

結び/後記 富国日本の現状−13