ワシントンD.C.へ


1週間後、ワシントン大学大学院の研究助成金を受け、ワシントンD.C.に飛び、"National Archives"(アメリカ国立公文書館)へ直行した。ここには、アメリカ独立宣言の原文(オリジナル)があり、その他、アメリカ政府の重要文書はすべてここに保管してある。公文書館の建物はホレボレするほどみごと。これはアメリカの国力か、富の深さか、それとも歴史を大切にする心意気か。


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「国務省("Department of State"日本の外務省に当たる)の1945年度のファイルを見たい」と申し出た。すると、礼儀正しい、度の強いメガネをかけた係員の1人が、私を地下の迷路に連れて行き、四方に強い金網の張ってある小さな部屋に案内してくれた。

金網は濃い緑に塗ってあった。「しばらく待っていてください」と言う。この部屋には灰色の金属製の長方形テーブルが1台、鉄製の椅子が1脚。床はコンクリートで灰色に塗ってあった。身が引き締まる思いがした。正直に言えば、これから訊問されるのではないかと心配した。


機密文書との出会い


15分ほどして、この係員が手押し車に灰色の箱を20ほど積み、ゆっくりと部屋に入って来た。「入って来た」といっても、外からも内からも、係員の動作も私も丸見えだ。

「あと数十箱ありますから、これらが済みしだい、お知らせください」と言って、係員は部屋を出た。

これらの箱の上には、うっすらホコリが積もっており、それに指紋が付いていない。どの箱にも付いていない。箱は両手を使わねば開けられないので、30年間たった後、機密文書のトビラを開けるのは私が初めてかと思い、興奮した。考古学者が土を掘り、新発見をする直前、このように感じるのだろう。

重大かつ貴重な資料が次から次へと出てきた。それらをコピーし、大学へ持って帰り、博士論文を書き上げた。


フーバー研究所に招聘される


その論文がスタンフォード大学内にあるフーバー研究所(世界的に有名なシンクタンク)のラモン・マイヤーズ博士(毎年すばらしい学術専門書を出版する怪物)の目に止まった。

「フーバーに来て、本を書くか」と誘われた。

誘われる前から、ぜひ一生に一度でもよいから行ってみたいと思っていた研究所だ。フーバー研究所で働きながら、日本占領についてさらに調査の枠を広げ、トルーマン大統領図書館(ミズーリ州インディペンデンス市)、マッカーサー記念図書館(パージニア州ノーフォーク市)で数々の新しい貴重な資料を発掘した。これらの図書館は日本人研究者が今まで訪れたことがなかったので、大歓迎された。

さらに「日本占領」は当時、「ポピュラーな研究題材」ではなかった。占領について書かれた本もほとんどなく、ある本といえば、占領に参加したアメリカの下級役人が個人的な回顧録を「マッカーサーの日本占領」を美化しながら書いたものだ。



西鋭夫著『富国弱民ニッポン』

結び/後記 富国日本の現状−15