blog144.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

細菌や病原菌は、歴史を変えるほどの猛威を発揮します。
日本がウィルスの脅威にさらされたのは、敗戦直後のこと。

アジア及び太平洋の国々から、復員兵や引揚者たちが、祖国・日本を目指して帰郷を始めた。

船が日本の港に到着すると、検疫官は直ちに、船内の衛生状態をみた。伝染病患者がいないか徹底して調査したのです。

船内隔離停留方式


GHQが恐れたことは何か?
それは、船内のなかで感染症が蔓延していたことです。



朝鮮、中国、ベトナム、タイからの帰還船では、人が密集して不潔な状態だったのでコレラが発生しやすかった。

コレラに感染した引揚者がそのまま日本に上陸して、故郷に帰ってしまうと、病原菌が日本全国に散らばってしまう。しかも、占領行政にあたっているアメリカ兵に感染しかねない。

GHQの報告によると、1946(昭和21)年1月から12月にかけて、261隻の船舶で感染症が確認された。GHQは、船舶からの帰国したばかりの日本人に対して、本土の土を踏ませない。

コレラ患者の症状が出た引揚船は、感染拡大を阻止するため「船内隔離停留方式」がとられたのです。乗員全員を船内に待機させ、コレラの保菌者を特定し、検疫所の病院に隔離させる。そして、残りの者たちは、コレラの潜伏期間が過ぎるまで、強制的に船内に釘付けにさせた。

海上都市


船内に隔離され、足止めをくらった人々は、7万人にも達しました。まるで「海上都市」が形成されたかのようだった。

戦地から帰還した兵士、大陸から必死で逃げてきた者たちにとって、「船内待機」は酷な仕打ち。故国の地を目前に、打ちひしがれた思いをしたことでしょう。

しかし、彼らがそのまま日本国内に帰郷していたら、コレラ菌が移動と共にまき散らされ、コレラ感染者が続出したことは疑いない。GHQの徹底した引揚者対策によって、コレラが日本全国に蔓延するという最悪の事態が阻止された。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・山本俊一『日本コレラ史』(東京大学出版会、 1982年)
・クロフォード・F・サムス『GHQサムス准将の改革』(桐書房、2007年)
・厚生省公衆衛生局編『検疫制度百年史』(ぎょうせい、1980年)