国定教科書


文部科学省の意に沿ったカリキュラムをつくらないと、大学として認定されません。でも私は信じようと思って頑張るのですが、そもそもなぜこの時代に、文科省が教科書を検定しているのですか。紀伊国屋や丸善に行ったら本があふれているし、私たちのコンピューターの中にも何億という情報が入っています。


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教科書なんてものは、それぞれの学校に選ばせる。それぞれの学校が委員会をつくって、どの教科書を使うかを決めなさい。文科省が国定教科書なんかをつくる時代では、もうなくなったのです。1868年ではないのです。紙のないとき、情報のないときなら、国をまとめるためにはこれぐらいの基礎知識が必要ですと教科書をつくる必要がありました。しかし、私たちの基礎知識は、もう宇宙というぐらいあります。

国定教科書は、発展途上国がやっているような感じです。いえ、発展途上国の中でもすぐれた発展途上国ではもうやらない、要らないのです。紙の無駄です。私も高等学校の教科書を時々見ますけれど、こんなのを教えていたら「俺たちは終わりますよ」の世界です。非常によくない。とにかく、どこかの中央集権が教育を管理するというのは、軍国主義の国と、共産主義の国だけです。


ロボット製造工場


今の教育は、政府に従う国民をつくる教育です。それも質問をしない、異議を唱えない子たちを、です。もうナチスドイツと同じで、日本の軍国主義というか、一つの新興宗教になっています。

ロボットをつくる教育です。ロボットをつくって、もう70年。70年といいますけれど、私が小学校に行った時には教科書はありませんでした。紙がないから無いのです。それにマッカーサーがOKを出していませんから、古い教科書が使えない。そのため1年生、2年生は教科書がありませんでした。


GHQ占領下の教育


そうすると先生は、自分の体験談をお話し、戦争でどうだったかのお話しばかりでした。私は非常に楽しかったし自由でした。なぜなら、文部省はアメリカの承認を得ないと一言も言えませんでしたから。恐らく黙って絶対に復讐してやると誓いながら、イライラとしていたと思われます。

日本の教育が一番自由だったのは戦後の占領時代です。特に私は岡山の田舎で育ちましたので、東京でマッカーサーのGHQがあれをしろ、これをしろと言ったって、伝わるまでに5~6年の時間がたっていましたし、二宮尊徳もおりました。

教科書のない授業では、教師の実力がもろに出ます。多くの先生が戦争経験者でした。小学校があちこちにありませんでしたし、先生の数も足りませんでしたから、小学校ではクラスに40人から50人おりましたけれども、いわゆる先生との対話でした。皆がドッと一斉に集まって、先生とのお話でした。非常に楽しかったです。


 

西鋭夫のフーヴァーレポート

2015年8月下旬号「大学ランキング」− 4