日米のメディア比較


日本人は学習欲が非常に高い。だから、何かわからないことがあると喰らいつくように読み、調べます。ところが、日本のメディアの多くはガラパゴス症候群に陥っており、自分たちの中だけでニュースを作っています。

アメリカのメディアは、国内外に広範囲に発展した非常に優れたネットワーク網があり、情報の量も膨大です。これが毎日「ドーッ」と流れてきます。洪水を通り越して大津波です。アメリカのメディアは、その中から「何が大切な情報なのか」「何が自分たちに役に立つのか」を考え、情報を精査し、取り出します。

アメリカと日本のメディアの大きな違いは「量」です。いわば、情報の大きさです。日本にもアメリカにも多種多様な雑誌がありますが、雑誌のネタになる情報の他、情報を得るための収集網やメディアの数が圧倒的に異なります。


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日本では、各放送局とも毎日同じような番組を作り、同じような番組で、同じ時間帯にニュースを流しています。アメリカには5〜6局ほど、24時間ニュースを流し続けるところがあります。それに加えて、地域密着型のローカルニュースの数もすごい。新興のメディアだけでなく、老舗のメディア・ネットワークもまだ廃れていません。多くのメディアと放送局同士が、熾烈な競争を繰り返しています。この「競争」という観点が、日本にはない。


政府を恐れないメディア


アメリカで生活し始めて50年近く経ちますが、びっくりしたことは、アメリカのメディアが政府とその権力を全く恐れていないことです。むしろ、「権力を直すのは自分たちの仕事だ」と思っています。

アメリカ国民もそれはメディアの仕事だと考えています。徹底的に追求し、悪いことやっている者は捕まえる。国が正しいことをしているのかどうか、メディアを通して国民に問う。

これが彼らの使命です。ジャーナリズムの精神がはっきりと見えます。


監視下のメディア


一方、日本はとても小さな島ですから、選ばれた国民だと勘違いした「優れた人々」が集まって、全ての情報を操作しているわけです。これが非常に良くない。

私もその中で育ちましたが、日本の外に出ると、いわば情報が「ワサッ」とあります。あとはその情報を、自分のコンピューターの中やiPhoneの中で整理するか。そこだけが大きな違いだと思いました。

情報の大きさや広さと、そのボリューム(量)において、日米の差は非常に大きいわけです。




西鋭夫のフーヴァーレポート

2015年9月上旬号「米国メディア」− 1