歴史観の涵養


歴史観は、どうしたら身に付けることができるのでしょうか。

持っていない人たちは、歴史の本を読むしかありません。日本の教育現場に求めても無駄。歴史学はほとんど重視されておりませんから。日本の歴史をまともに教えられる人も限られています。日本の歴史ほどおもしろいものはないのに、それが若者へ伝えられていないのです。

特に明治維新からの近代化の流れについては、若い人たちの頭からスッポリと抜け落ちています。明治以降からこれまで、日本がどう動いてきたのか。世界がどう動いてきたのか。これが分からないので、今現在の状況を見ても誰も歴史的な判断を下すことができない。小手先の技術で乗り越えようとしています。


比較という方法


トランプ氏が現在行っていることは、歴史を遡るといくらでも見つけることができます。例えば、日本叩きです。つい30年ほど前、日本が凄まじい経済発展を実現した60〜70年代にかけて、米国民は日本を徹底的に悪者にしました。自分たちの経済状況の元凶を、日本の経済成長に求めたのです。今のトランプ氏と同じ発想です。

当時と現在とでは、世界情勢が異なります。米国経済・政治事情も違いますから、完全に同じとは言えません。しかし、以前にあったことを冷静に分析した上で、現在を見ることは、比較という方法の精度を上げることにつながります。

過去と現在を比べる中で、私たちは過去だけでなく、現在起こっていることへの理解をはじめて深めることができるのです。そうすると、現在に対する判断も大きく異なってきます。私たちの国民生活はもとより、外交関係の中でも、あるいは政策立案過程においても、比較という方法は非常に重要です。


量をこなす


歴史観を鍛える第一原則は、歴史の本を読むこと。第二原則は、とにかく量をこなすことです。


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歴史小説でも、気になる本でも何でもいいので、とにかく歴史に関するものを全部読んでみる。とにかく好きな本をドンドンと読むことが必要です。そのうち、どの本やどの著者が良いか悪いか。何が本当か否か、がわかってきます。この段階を越えると、自分の呼吸と見事に重なる歴史に出会うはずです。

「量」を過小評価してはいけません。日本人は「質」を重視しますが、量をこなさないと本質はいつまで経っても掴むことはできません。

鍛錬は10年ぐらいかかるでしょうから、10代の若いうちに始めるのがよろしい。頭脳も様々なことを吸収して、大きく成長します。

西鋭夫著(2005)『國破れてマッカーサー』中央公論新社、もベストセラーではありますが、この本以外にも関連した書籍、論文などをドンドン読まれたほうがいいです。




西鋭夫のフーヴァーレポート

2015年9月上旬号「米国メディア」− 12