押し寄せる難民


ヨーロッパでは難民が溢れ出ております。この背景には、シリア内戦の激化があります。シリアから逃れた難民は400万人以上。これほど大規模な難民は、第二次世界大戦以来です。

そもそも難民とは、人種、国籍、宗教、政治的な理由などにより、迫害の危機にさらされている人々を指します。彼らは、国内からの保護や助けを受けることができないので、国外に脱出するわけです。第二次世界大戦の反省から、難民に対する人権保障の意識が高まり、1951年には「難民条約」が制定、日本は1981年にこれを批准しました。

ヨーロッパにおける難民問題の本質はどこにあるのでしょうか。


均衡が崩れるとき


近年におけるヨーロッパの難民問題を語る上で忘れてはいけないのは、第41代米大統領ジョージ・H・W・ブッシュ(1924〜2018)が始めた湾岸戦争です。世界の軍事大国アメリカが中東に介入しました。中東という不安定な地域を、独裁者たちはなんとか保ってきました。その秩序と調和が壊れ始めたのです。

次に起こったのが「9.11同時多発テロ」。エジプトやサウジアラビア出身の15〜16人の若者がしかけました。背後にいたビン・ラディンはサウジアラビア出身です。テロの報復として、今度は第43代米大統領ジョージ・W・ブッシュがイラク戦争を始めました。

この頃から、中東にはもはや「秩序」がなくなりました。内戦に次ぐ、内戦状態です。この内戦は、国と国の戦いだけでなく、宗教における宗派間の戦いも引き起こしました。何千年と続く、部族間の緊張・対立関係はこの戦いに油を注いでいます。

「平和」とか「和平」といった話し合いが機能せず、「力」の強い者が支配する時代です。中東の独裁者たちは、欧米の攻撃に晒され、弱体化されつつも、なんとか地域の均衡を保っている状態でした。


アラブの春


そこに現れたのがオバマ大統領です。この政権が仕掛けたのが「アラブの春」。すなわち独裁者を殺して、民主主義の名の下に選挙を行う。そこで、次の親分を選ぼうとしたわけです。


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これは完全な理想郷。ユートピアに取り憑かれた最悪の選択です。「アラブの春」は、いわば「アラブの真冬」でした。笑ってはいけない。アメリカが掲げた正義が、中東での殺し合いを招いているのです。シリアだけでなく、中近東すべての地域で殺し合いが起きています。

殺戮から逃げるため、多くの人々が駆け込んだのがトルコでした。トルコは最初、寛大な態度で何十万の難民を受け入れましたが、すぐに限界に到達。そこで、ドイツの方を差しながら、「ヨーロッパの方へ行くと、待遇が良くなるよ」と、言い始めたわけです。




西鋭夫のフーヴァーレポート

2015年9月下旬号「難民」− 1