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From: 岡崎 匡史
研究室より

日本の政党名は、ころころ変わります。
覚える間もなく、改称されるので、政党名が記憶の彼方に忘れさられていく。

日本農民党、日本社会党、新進党、新党さきがけ、自由党、民主党など、数え上がるときりがない。政党名の変遷は、受験生を悩ます要因の一つでもあります。

日本政党史で頻繁に出題されるのが、日本社会党の党首であった片山哲(かたやま てつ・1887〜1978 )。和歌山県出身でキリスト教長老会派に属する片山哲は、1947(昭和22)年7月、日本国の首相となった。日本の憲政歴史上、日本社会党による初めての総理大臣である。

クリスチャン首相


1947年4月に実施された総選挙で、日本社会党は143議席を獲得。吉田茂の日本自由党131議席を抑えて、日本社会党が第1党に躍り出た。日本社会党が輝いていた時代だ。

片山哲は、「人類愛を高潮し、宗教的情熱を以て政治に当ることが、民主々義政治の重要なる心構えである」「単なる心構えであるのみならず、進んで私は民主々義政治の第五の要素としてこれを取上げ、この精神力を重視したい」と意気込んでいた。

クリスチャンの片山哲が首相になったことに、マッカーサー元帥は大感激。

マッカーサーは、「東洋の三大国がいずれも政府の首班にキリスト教の信仰者、中国では蔣介石、フィリピンではマニュエル・ロハス、日本では片山哲を持つに至った」「この精神的なつながりこそが弾圧によって権力と前進の道を求めようとするイデオロギーの浸透に対抗する防壁として、最後には確立される希望を抱かせる。これこそが、人類の進歩である」と声明を出した。

キリスト教的道徳観


マッカーサーに呼応するかのように片山は首相就任に際して、「私は民主的政府はキリスト教の愛と人道主義の精神によって貫かれているものと信じている」「将来の日本政府はキリスト教的道徳観によって導かれるに違いないと信じている」と、抱負を語った。

片山の他にも5人のクリスチャンが入閣、衆議院議員議長の松岡駒吉(まつおか こまきち・1888〜1958・鳥取県出身)もクリスチャンであり、政治の世界にもキリスト教の影響が勢いを増した。

1947(昭和22)年9月2日、マッカーサーは「降伏2周年目の演説」において、日本の古い考えを一掃して、新たに啓蒙と真実の精神を高揚させるために、「深淵で普遍的な価値であるキリスト教の理想を建設する機会である」と演説した。

はたして、マッカーサーが理想としたキリスト教社会は日本に建設されたのか、、、


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・Supreme Commander for the Allied Powers(SCAP),1949. Political Reorientation of Japan, September 1945 to September 1948. Washington DC., U.S. Government Printing Office.
・片山哲『民主政治の回顧と展望』(民主評論社、1954年)
・「片山首相の指名」『朝日新聞』1947年5月25日。
・「共産党とは明瞭な一線」『讀賣新聞』1947年6月2日。