blog168.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

今日は、「アーカイブスの技法」の続きです。

アーカイブス調査は、史料の解読に時間がかかるだけでなく、さまざまな盲点が待ち受けている。これは体験してみないと、なかなか実感が湧きにくいことでもあります。

実際、どんな盲点があるのか?
それは、同一人物の史料が複数の機関に保存されていることです。

なぜ、こんなことが起きるのか?

散在する史料


たとえば、「大物政治家A」が、生前に貴重な史料をアーカイブスに寄贈したとしましょう。問題はここからです。

大物政治家Aが亡くなり、遺族が遺品整理をしていたら、アルバムや日記や書類が出てきた。このとき、遺族としては捨てる訳にはいきませんから、近郊のアーカイブスや母校に寄贈を申し出る。あるいは、古本やアンティークのバイヤーに引き取ってもらう。

さらには、逝去したことを聞きつけたアーカイブスの蒐集員が、遺族にコンタクトをとり、「ぜひ私たちのアーカイブスに寄贈をお願いします」と依頼することさえあります。

このようにして、大物政治家Aの史料は、世界の各地に散らばり保管されてしまうのです。だから、一つの研究機関やアーカイブスを徹底的に攻略したからといって、有頂天になってはいけない。調査が完成した訳ではないからです。これを自覚していないと「研究不十分」と突っ込まれ、大きなしっぺ返しを受けてしまいます。

ハワイ大学ハミルトン図書館


私がこのような事例を強く意識するようになったのは、ハワイ大学の公文書館に立ち寄ったときでした。ハワイ大学で研究発表があり、そのついでにハワイ大学ハミルトン図書館に立ち寄って日本占領期の史料を調べていた。

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そうすると、「ロナルド・S・アンダーソン文書」に出くわしたのです。アンダーソン(Ronald S. Anderson・1908〜1985)は、GHQの民間情報教育局の課長をしていた人物。民間情報教育局とは、情報・教育・宗教・文化・芸術・世論調査・社会学的調査などを担当していた部署です。

私の認識では、「アンダーソン文書」はフーヴァー研究所に保管されている。実際に、戦前日本の教育システムを分析した報告書や調査書を見た覚えがある。占領下の日本で撮影された写真も多数含まれていたはず、、、アンダーソンの経歴を調べてみると、スタンフォード大学を卒業して、晩年はハワイ大学で教鞭をとっていた。

改めてハミルトン図書館の「アンダーソン文書」を精査してみると、日本の戦前の教育制度や東大教授であった海後時臣の手紙、さらに共産党と学生運動などの史料が収められていた。

同一人物の史料でも、全く別の史料が保管されていることを目の当たりにした瞬間でした。これ以降、史料のダブルチェックがいかに大切か、見落としている史料がないか、徹底的な調査をせずして歴史を解釈してはいけない。即断することの危うさを、自らに言い聞かせるようになりました。


ー岡崎 匡史