blog172.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

ニュースを読んでいると、「マヤ文明最大の建造物見つかる」という記事が目にとまりました。考古学の記事になると、つい読んでしまう。

というのも、子どもの頃の夢が「考古学者」でした。そして、もう一つの夢が「料理人」。高校を出たら、調理師免許をとろうと本気で考えていました。考古学者と料理人、この二つの進路で迷っていた。

しかし、様々な出逢いや悪戯、はたまた運命的な導きがあり、長い物に巻かれながら現在に至っております。ときおり、研究の道を歩むきっかけになった恩師の言葉を、今でも思い返すことがある。

「君は大学院に進学することになるから、今から博士論文を書く準備をしなさい。そして、アメリカの大学院にも留学しなさい。学部生のうちに英語を徹底的に勉強しなさい。」

大学入学したての4月に、こう告げられたのです。学部の卒業論文も書いていないうちから、博士論文を書くという目標が掲げられました。

私は27歳のときに博士号(学術)を授与されました。文系の学問で、どうしてそんなに早く取得できたのかと、多くの方が驚かれます。その答えは、18歳の大学1年生のときから、ほぼ10年がかりで構想を練っていたからです。

アメリカ留学とメキシコ旅行


しかし、世の中、自分の思い描いたように進む訳がありません。理想と現実には大きな隔たりがあります。

アメリカに行きたいと思っていた矢先、父親の心臓に血栓がつまり、大動脈瘤の手術をすることになった。定年間近の出来事だったし、金銭的にも両親に頼れない。「海外留学奨学金」に応募して、幸運にも奨学金を頂くことができた。

アメリカの大学院からも合格通知がきて、サンディエゴの片田舎で比較政治学に打ち込むことになった。奨学金生なので、授業の単位を絶対に落とすことは許されない。成績が低いと強制送還されてしまう。

しかし、大学院の講義について行くのがやっと。授業に行く前に1人で大声をだし、気合をいれてから参加していた。朝起きると、なぜか涙が流れている。そんな生活が半年ほど過ぎ、ようやく冬休みの休暇がやってきた。

勉強のストレスから解放されたい。ウィスキーとビールとワインを呑まないと眠れない日々が続いていたので、気分転換が必要なことは自覚していた。

友人からメキシコに行こうと誘われ、子供の頃あこがれていた、世界遺産を見て回りたいという衝動に駆られる。マヤ文明を代表する「テオティワカン」「ウシュマル」「チチェン・イッツア」を巡る、行き当たりばったりの貧乏旅行に旅立った。

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マヤ文明とコカ


メキシコ旅行を思い巡らすと、さまざまな事件がある。この場では、書き切ることができないので、少し学問的な話をします。南米大陸、とくにマヤ文明を語る上で欠かせない「聖なる植物」があります。

マリファナではありません。

それは、「コカの葉」です。

興奮と幻覚作用のある「コカの葉」は、宗教儀式や医療で用いられてきました。さらに、「コカの葉」は高地の山脈で重労働をともなう農作業、疲労感や空腹を抑える強壮剤としても利用されてきた。

コカの葉を噛んで吐いてを繰り返すことを、チューイングと呼びます。マヤ文明の偉大で巨大な建造物を創りだすには、多くの人手が必要だった。過酷な労働に「コカの葉」は不可欠だったはずです。

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この「コカの葉」に目を付けたのが、貪欲なヨーロッパの貿易商人たち。14〜15世紀頃に、コカの葉がヨーロッパにもたらされる。

「聖なる植物」に注目をしたのが、ドイツ人科学者フリードリッヒ・ゲードケ(Friedrich Gaedcke・1828〜1890)。ゲードケは、コカの葉から薬理作用のある成分を抽出することに成功。

その4年後、同僚のアルベルト・ニーマン(Albert Niemann・1834〜1861)が純粋な活性成分の分離に成功し、コカインが誕生します。痛め止めのコカインは万能薬と持てはやされ、瞬く間にヨーロッパで大流行したのです。当時、副作用があるとは思いもしなかった、、、

世界は、点と線で結びついています。
南米大陸とヨーロッパは「コカの葉」で結びついていた。
文明史の面白さは、考古学なしには語れません。

ー岡崎 匡史


PS. 以下の文献を参考にしました。
・「マヤ文明最大の建造物見つかる」『朝日新聞 Digital』2020年6月4日
・宮西照夫、清水義治『古代文化と幻覚剤』(川島書店、1995年)