教科書問題


マッカーサーは、日本人の素晴らしい業績には目もくれず、ひたすらキリスト教を伝道することに熱中し、日本の学校教育を思いのまま操った。キリスト教の冒涜を仄(ほの)めかすようなものに、彼がいかに素早く反応したかを示す例をひとつ挙げておこう。

1947年後期、GHQ・CIE(民間情報教育局)の承認を得て、文部省が高校の選択科目用に『西洋の歴史』を発行した。この本に「我々は福音書に書いてあること(キリストの誕生、キリストが行なった奇跡、キリストの復活)をすべて信じることはできない」との1行があった。

「これはキリストに対するだけでなく、アメリカのキリスト教徒に対する耐えられない侮辱である」と、ジョージア州メイコンのマジョリー・ベンソンが、1948年1月14日、マッカーサーに抗議の手紙を出した。

占領下の日本とアメリカとの個人的交流が皆無の時、ベンソンがどのようにしてこの教科書の英語版オリジナルを入手したのか、解らない。

教科書検閲


教科書は日本人が日本語で書き、それが英訳された。英語版をGHQが検閲し、筆を入れた。その「GHQ版」が日本語に翻訳された。GHQ版が「原本」である。

マッカーサーは、すぐさまCIE局長ドナルド・R・ニュージェントに、日本の教科書全部を検閲しているはずなのに、どうしてこのような記述が出てくるのかと尋ねた。


ニューゼント局長の動転


動転したニュージェントは徹底的に調査をし、1月26日に、マッカーサーに長い覚書を書いた。

「CIEが命令したのに、日本の著者と出版社の誤りで削除しなかったので、彼らは当局によって厳しく叱責されました」「善後策として、文部省にこの教科書全部を回収するよう命じようかと思いましたが、そうしないことにしました。そうすると、大衆の議論がこの問題をめぐって起きる、と思うからであります。また、この教科書は1948年3月以降は使われないことになっています」「実際、日本の教育課程と教科書に含まれているキリスト教の内容は、他のどの宗教より多いのです」

自分の説明が「事件に対する言い訳ではありません」と強調した。マッカーサーの伝道の情熱を充分に知っているニュージェントは、「今回の事件で最高司令官にご迷惑がかかりましたならば、私は全責任を負う用意がございます」と覚書を結んだ。

ニュージェントは覚書に、ベンソン宛の返信の草案をつけたが、マッカーサーはこれを使わず、2日後(1月28日)、ベンソンに「幸いなことに、誤りは初版が出た直後、発見され、これを是正する措置が直ちにとられ、著者と出版社は厳しく懲戒された」と書いた。

彼の伝道活動と日本における成果をもベンソンに説明した。


「我々は、日本が敗戦で完全に精神的空白状態にあること、また日本の国防の基礎となった誤った観念が敗戦によって消滅させられたことを嬉しく思っている。 日本の将来を作り直す仕事に携わっている我々アメリカ人との接触を通じ、日本人の心に、アメリカの家庭から生まれた気高い影響が染み込み始めている。...... 多数の日本人がキリスト教徒になりつつあり、全国民がキリスト教を理解し、実践し、慈しむようになってきている」


日本国民は異教徒で、文化も遅れている故、宗教戦争に敗れ、征服される運命にあったのか。