「自由」の洪水に溺れる日本人


マッカーサーの業績をいかように分析し、非難しても、彼の「日本革命」は日本国民に考えてもみなかったほどの厖大な自由を与えた。

政治顧問事務室(POLAD)付きの外交官マックス・W・ビショップは、自由の洪水の中で溺(おぼ)れそうな日本を見た。


「日本の大衆にとって、新たに輸入された自由を理解し、吸収するのに必要な十分な時間がなかった。日本人には、自由の体験と個人主義の体験が不足している。問題は、将来、民主主義的意識が大衆の間に生まれるか、それとも、急進的な指導者の下での全体主義社会へ逆戻りするかである」


ビショップは「アメリカには隠された意図がある」と日本国民が疑っていることを心配し、バーンズ国務長官に「日本人には、アメリカが描いている日本の未来像が見えていない」と伝えた。ビショップは、戦前1935(昭和10)年末から1941(昭和16)年2月までアメリカ大使館で日本語の専門家として勤務していた。

43.org.jpg

日本人侮辱されていることに気づかず


マッカーサーに「12歳の少年」と言われて、侮辱されたと思っていない日本人が今でもいる。

著名な評論家の鶴見俊輔氏は、「『12歳の少年』の1行が独り歩きし、日本人が誤解した。ゆっくりと証言全体を読めば、非常な好意をもって日本人を弁護しているのがわかる。しかも、的を射ていた。この誤解は解くべきだ」と言う(『朝日新聞』1995年4月25日)。

私は、マッカーサーの長い証言全文を読んだ。マッカーサーが弁護しているのは自分自身の業績である。

日本の政治家や企業人が、中国人や韓国人を「好意をもって、12歳の子供」だと発言したら、「謝罪」では済まないのではないか。また、鶴見氏は、マッカーサーの日本人評価は「的を射ていた」というが、ナチス・ドイツ国民は熱狂的にヒトラーを支持し、ヨーロッパを踏みにじり、ユダヤ民族の殺戮に全力を尽くしたが、彼らは45歳で、日本人は12歳か。

残酷無比の武力を使い、アジア、アフリカ、中東を植民地にし、大帝国になったイギリスは45歳で、日本人は12歳か。マッカーサーは、わずか12歳の少年により、バターンで死ぬ思いをさせられたのか。

日本の伝統文化は、歴史の長さ故に可能な、深い洗練を受け、世界に誇るべき燻(いぶ)し銀の華(はな)として開花している。