改悪憲法


アチソンの警告から3週間後、1946年2月1日、松本草案が『毎日新聞』にスクープされ、その英訳が翌日マッカーサーに手渡された。

日本の憲法学者の3カ月の懸命の努力を結集したものである。

マッカーサーは激怒した。「旧明治憲法の言葉を換えたものにすぎない」「3カ月かかって、憲法は全く同じである。いや、悪くなった」。

民政局も「松本案は、最も保守的な非公式草案よりもはるかに遅れたものである」と絶望感を表現した。

マッカーサーは松本個人を攻撃し、「極めて反動的(an extreme reactionary)であり、独断的であらゆる審議を牛耳っていた」と言った。

民政局の松本評価は、「天皇制(Emperor System)護持と国体維持に最も熱烈で、完璧な保守派である」。

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曲芸師・松本


松本草案の何がマッカーサーをかくも怒らせたのか。

松本草案、「天皇ハ至尊ニシテ侵スヘカラス」。

明治憲法、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」。

この言葉の曲芸がマッカーサーの逆鱗に触れた。

1カ月前、1946年1月1日、天皇陛下自らが自己の神性を否定(人間宣言)され、マッカーサーも閣僚たちと幾度も個人的会議を行なった後での草案である。

マッカーサーの失望の言葉を二、三引用すれば、松本草案の息の根を即座に止めた理由が分かる。

「天皇大権には手を触れていない」

「"陸海軍"が"軍隊"になっただけである」

「松本草案は国民の少ない権利をさらに減らし、義務を増やしただけである。権利の絶対保証は全くない......。憲法をこの国の最高法とする規定がない。この欠陥は致命的である」

「建物の内部構造を変えないで、玄関だけを新築する彼らの技術は見事である」