吉田の本音


吉田首相は、「松本博士は、『草案が公表されれば、あらゆる方面から修正が要求されるから、原案には改正をできるだけ少なくするほうが得策である』と私に説明した」と回想している。

民政局は、その松本の説明を、次のように解釈する。

「抜本的改正を行なうと、穏健派を激しく動揺させ、民主主義に反対する態度をとらせることになろうと松本博士は説明しているが、これは反動派が、民主的政府の樹立に反対する時、繰り返して使う言い訳である」

当時、政府の意図は、「絶対必要とされる改革以外は何も変えないという方針だった」と吉田は回想しているが、これが本音だ。


国体護持


松本自身、1945年12月8日、衆院予算委員会で「天皇が統治権を総攬せられるという大原則は何等変更する必要もないし、また変更する考えもない」と証言している。

吉田自身も「政府の思いは、明治憲法の基本原則を変えず、ポツダム宣言条項を満足させることだった」と白状した。

OSS(アメリカ戦略諜報局)の調査分析課は、既に1945年9月(占領が始まり、わずか1カ月後)、

「日本支配層は政治機構を改革しなくても、政治のやり方を変えさえすれば、ポツダム条項の要求を満たすと考えているようだ」

と日本政府の意図を見抜いていた。


明治憲法


吉田も松本も、明治憲法は民主主義の聖典だと思っていた。吉田によれば、

「明治憲法は明治天皇が政治を司るにあたっての日本国民との約束を前提にしている。民主主義という言葉を使わなくとも、民主主義はこの国の伝統の一部をなしており、ある人たちが誤解しているように憲法改正によって導入されるものではない。そういう事実をくどくど説明する必要はない」。

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明治憲法のどこが悪いのか。「この基本法の精神は不幸にして、時の流れとともに歪曲され、国家的悲劇へと導かれていったのである」。

吉田は「時の流れとともに明治憲法の精神が不幸にも歪曲される」ことのないように明治憲法の改正を行なうべきではないか、とは思ってもみなかった。