講座設立の資金源



キリスト教講座に必要な資金をどう捻出するかという面倒な問題が起こってきた。

ビショップは、バーンズ長官に「南原は個人的には民間の寄付の方が望ましいと考えております。そうすれば、資金は早く集まり、また、政府との絡みから自由になれますので、これは良い考えだと思います」と進言した。

東京帝大とGHQから圧力をかけられた文部省は、考え方を変えさせられ、「神道関係の講座は廃止されるべきであるが、その資金は大学に与えられるべきである」と主張しだした。

その資金で、キリスト教講座を作るつもりであった。


大蔵省の判断


大蔵省がこの要求を拒否した。

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初代大蔵省庁舎


ビショップは、「大蔵省は日本の重要な大学における宗教の自由を裏から妨害している」と激怒した。

だが、大蔵省内のスパイがビショップに語ったところによると、大蔵省は文部省に、「神道講座は右翼の圧力で作られたので、当然廃止されるべきであり、その予算は国に返還されるべきだ。東京帝大により、他の目的に使われてはならない」と通告した。

ビショップは、キリスト教を実現する稀な機会を、大蔵省がブチ壊したという考えを変えなかった。


国際キリスト教研究所の設立


大蔵省をあてにできないと認識し、海外のキリスト教団体や日本人信徒の間に、キリスト教の大学を独自に作る動きが出た。

著名なメソジスト宣教師ラルフ・E・ディッフェンドルファーが日本国際基督教大学財団の会長に就任し、その本部がニューヨークにおかれた。

GHQに威されたのか、それとも心からの真意か解らないが、文部省はキリスト教に絶大な期待をかけ、それを公に明言していた。

国際キリスト教研究所が設立された時、文部省は学校教育局長日高第四郎を派遣し(1948年1月31日)、祝辞を述べさせた。

「我が平和日本の将来に決して色あせることのない文明の花を咲かせうるものとして、キリスト教文化に比肩するものはない。日本が過去の誤りを二度と繰り返さないために、また良き前例となるためにも、我々はキリストの愛、即ち神の愛に祝福された普遍的な人類愛を研究しなければならない」(トレイナー文書の英訳文から、西が和訳した)