教師用指導要項の徹底


日本の地方分権の成長にとっては不幸なことだが、GHQ・CIEの急場凌ぎの方針は占領中変わることはなかった。

CIEもこの方針が文部省の「独占体制を助長する」と心配していたが、「現在の緊急性」のため継続しなければならない、と言っていた。

CIEは、教師たちが新しい歴史と地理の教科書に、どういう反応を示すかを調査した。

文部省は600通にのぼる質問書を郵送した。520通もの好意的な返事が、教師たちからCIEに返ってきた。

教科書改定と並行して、1945年11月10日、ホール中尉は有光局長に教師用指導要項の作成準備を開始せよと命令し、「指導要項は日本の戦争責任につき、日本を再教育しなければならない教師の責任と自覚を促すように書かれていなければならない」と指示した。


国史教育の方針


「国史教育の方針」と名付けられた「指導要項」は、丸1カ年かかって作成され、1946年11月9日に文部省から全国に配られた。

揉めに揉めた「日本史」について、CIEと文部省は、

「歴史は平和と戦争、政治権力をめぐる各国の闘争といった観点からよりも、社会的、経済的、文化的見地から国民生活がどう発展してきたのかを強調しなければならない」

という。

さらに、

「日本の歴史を宗教的な教義や偏見で見ることは避けねばならない。国際的友好や、相互依存と文明の交流こそが国益となるので、日本歴史は、世界史の観点から強調されるべきなのだ。こうして世界平和、世界的文明の発展への貢献がなされてゆく」。



208.png

悪い日本が改心し、勝者アメリカが創設した国際連合へ加盟させて戴けるよう、「新日本」はひたすら努力しなければならないとの教育が続く。