科学と日本人


教育使節団は日本の科学についても論評し、「日本は創造的、独創的というよりは、模倣したり吸収したりする形で科学の世界に参加してきた」と日本を性格づけた。

だが、独創的な研究をしろと勧告していない。

日本の苦境を考慮してか、「科学の調査研究と発達は、雇用と生計の源を広げるのに必要である」と述べている。

アメリカから独創的な科学理論を借りて、日本の工場で「モノ」を作れといっているのか。事実、日本の企業は、アメリカから特許権を買い入れ、モノを製造し、経済復興に多大の貢献をした。



科学的成果 vs. 科学的性格


また、教育使節団は、「国民の福祉のためには、科学的成果よりも科学的性格のほうがより重要である」と警告している。科学的性格とは?

「証拠に対する謙虚さ、事実を集積する忍耐、発見したものを分かち合う心」と書いている。

こうした言葉遣いは、教育使節団の雄弁に埋没しがちな情熱を表わした見本の一つである。



貧弱な図書館を救え!


教育使節団の行なった数多くの勧告は、要点を掴んだものもあったが、拡大された新教育制度を実施するに当たって、重大な障碍である経済要因を無視した。

教育使節団は、アメリカ空軍の爆撃が、全国の大学校舎の約3分の2を壊してしまったことを知っていた。それにも拘らず、教育使節団は、大学に図書館や研究所の拡充を進めた。


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東京大空襲後の東京


日本の図書館が余りにも貧弱だったために、ロックフェラー財団とアメリカ図書館協会は、戦時中にアメリカで発行された科学関係の学術雑誌(月刊・季刊誌)250点を寄付した。

これらは、1947年3月、東京帝国大学に寄付され、南原総長は、これを「精神の糧」と称えた。



国立国会図書館の設置


12月、アメリカ図書館使節団が国立国会図書館設置について勧告するために来日し、翌年2月8日、マッカーサーに報告書を提出した。

マッカーサーは、これを新聞発表で「日本国民にとって測り知れない価値のあるもの」と言った。国立国会図書館法案は衆参両院、全員一致で可決され、1948年2月9日、公布された。