危険千万な思想


この命令を受けた吉田首相は、我が意を得たりの気持ちであったのだろう。国会での施政方針演説(7月14日)が彼の興奮をはっきりと伝えている。

「6月25日、突如として北朝鮮共産軍が38度線を越えて南朝鮮に侵入し......この突発事変は決して対岸の火事ではなく、共産勢力の脅威がいかにすでにわが国の周辺に迫っているかを実証するものであり、また赤色侵略者が、いかにその魔手を振いつゝあるかを如実にこれを見るのである。すなわちわが国自体がすでに危険にさらされているのである。......かかる事態に直面してなお、いわゆる全面講和とか、永世中立などという議論があるが、たとえ真の愛国心より出たものであっても、これは全く現実から遊離した言論であるのみならず、自らを共産党の謀略に陥れんとする危険千万な思想であることをわれわれ国民はさとるべきである」


350.png


浅沼社会党書記長は、「全面講和、永世中立は現実から遊離したものと排撃しているが、これは危険な考え方である。首相の言は一歩踏みあやまれば国民を国際紛争の中に引き入れることになる」と反論した。



論戦の終結


朝鮮戦争で、日本はソ連と毛沢東中国を含めた「全面講和」を結ぶべきなのか、アメリカ陣営諸国とだけで「単独平和条約」を結ぶべきなのか、という議論は完璧に終わった(吉田首相は、「単独」と「多国講和」の2つの言葉を区別せず使っていた)。

吉田首相は、アメリカとの単独講和を強力に押していたので、将来が読める指導者として浮き上がってきた。

ソ連と共産中国を平和条約会議に含めることを望んでいた左翼と共産主義者は、国民の支持を決定的に失った。