2015年11月の悲劇


2015年11月13日、フランスのパリで同時多発テロが発生しました。パリ市内のレストランや競技場、コンサートホールなど6か所などが襲撃されました。犠牲者は129人以上にのぼります。

オランド大統領が直ちに国家非常事態を宣言しましたが、その一方でイスラム国は、「フランスがISの攻撃対象であり続ける」と犯行声明を出しております。オランド大統領はこのテロが「シリアで計画され、ベルギーで組織化されたテロ集団によるものだ」と述べ、イスラム国への対決姿勢を前面に出しました。

では、なぜフランスが狙われたのでしょうか。


元イラン最高指導者


フランスはこの30年から40年という短い歴史だけで見てみますと、非常に多くのアラブ系移民や労働者を受け入れてきました。経済が良いときには安い労働者として、トルコからも多くの若者たちを受け入れています。フランスに入ってきたアラブ人たちの中で大きな数を占めていたのがイスラム教徒でした。彼らは自分たちのコミュニテイを作り、モスクを建て、自分たちの社会をフランス国内に築こうとしました。

労働力として多くのアラブ人たちを受け入れた背景には、もちろんフランスの国内事情も影響を与えています。しかし、それよりも大きな要因は、イスラム教界の大物がフランスに住んでいたことがあげられます。元イランの最高指導者、アーヤトッラー・ルーホッラー・ホメイニ師(1902〜1989)です。

彼がイラン革命を起こした時のことはよく覚えています。テヘランの米国大使館が占領されると米国民は大騒ぎでした。アメリカはフランスに対し、「なぜこの男のことを知らせなかったのか。彼を匿っていたのだろう」と、問い質しました。ホメイニ師がフランスに住んでいたことが明るみになると、米国民はフランスを恨むことになります。


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イラン革命の様子


復讐


以上のような背景もあり、今現在でもフランスには非常に多くのイスラム教徒たちが住んでいます。公式にはフランス国民の10%などと言われていますが、正確な数値を出すのは極めて難しい。多くは隠れながら住んでいるのが現状だからです。

フランスはアメリカとの共同作戦のもとISISと戦っています。フランス国内のISIS支持者たちは、自分の友達や家族が殺されているのと同じです。つまり、今回の同時多発テロには「復讐」という意味合いがあると考えて良い。

この復讐劇は今後も続くでしょう。「お前たちがISISを攻撃する限り、俺たちはお前たちにテロ攻撃をしかけるぞ」、ということだと思います。



西鋭夫のフーヴァーレポート

2015年11月下旬号「パリ同時多発テロ」− 1