海洋貿易圏


南シナ海と日本には、長い歴史的つながりがあります。一つの重要な起点は16世紀中頃に始まった南蛮貿易です。

南蛮とは当時、ポルトガルやスペイン、オランダを指しました。彼らは東南アジアを介して、日本に様々なものを持ち込みました。日本からも沢山の品々が大きな木造船で東南アジアへと運ばれて行きました。人の行き来も活発で、東南アジアには日本人町も作られたほどです。


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南蛮貿易の様子


南蛮貿易の拠点としては長崎や琉球王国が代表的です。とりわけ琉球は、中国とも密接な関係を築いていましたが、当時の琉球には中国だけでなく、東南アジアからもたくさんの物が入ってきました。

日本の有名な修行僧たちも、荒れ狂う日本海を避け、東南・南洋の海上ルートを通って中国に渡っています。文字を読み、書くことのできる彼らが、日本の芸術・文化、政治様式などに与えた影響は計り知れません。


資源の宝庫としての東南アジア


明治以降になると、日本にとっての東南アジアは貿易の対象というより、国力増強のための戦略的意義を持ち始めます。東南アジアには、当時の日本が欲して止まなかった原油や生ゴム、スズなどの天然資源が豊富にありました。

日本軍による南進には、陸軍のみならず、潜水艦や輸送船、軍艦など非常に多くの海軍戦力も動員されました。行き先々で武力衝突があり、多くの兵士や民間人が命を落としています。日本軍が真珠湾を攻撃した日(1941年12月8日)、日本軍は同時にフィリピン、香港、シンガポールへと進軍しました。これにより日本は、多くの東南アジア諸国を支配下に置きました。補給網は海上の島々です。そこには急所が多く存在しました。


シーレーンを守れ


日本にとって、南シナ海は今もなおインド洋と東アジアを結ぶ海上の要路であり、いわば日本の生命線とでも言えるほど重要です。日本の輸出入の約半分がここを通ります。南シナ海からマラッカ海峡を通って石油も入ってきます。この海域を守らなければ、日本は飢えてしまう。そう言っても過言ではないでしょう。

この海域で中国が支配権を確立するとどうなるのでしょう。例えば、関所を通るときにお金を払うように、航海料などを求められるでしょう。パナマ運河やスエズ運河と同じような形になるかもしれません。

海賊問題も漫画の世界だけではありません。マラッカ海峡には今でも海賊が出て暴れています。この地域の安全な航海をどう守るのか。中国の海洋覇権と相まって、非常に重要な問題が提起されています。




西鋭夫のフーヴァーレポート

2015年12月上旬号「南シナ海の情勢」− 4