blog200.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

冒険家マルコ・ポーロ(Marco Polo・1254〜1324)の『東方見聞録』は、世界の人々を魅了した。


「チパング〔日本国〕は、東のかた、大陸から千五百マイルの大洋中にある、とても大きな島である...この国ではいたる所に黄金が見つかるものだから、国人は誰でも莫大な黄金を所有している」


マルコ・ポーロが日本を「黄金の国」と紹介したことで、ヨーロッパに日本の存在が伝わった。

ザビエルとキリスト教の伝来


マルコ・ポーロの日本紹介から約250年後、1543(天文12)年に種子島に流れついたポルトガル人から戦国時代の日本に鉄砲が伝来。

それから6年後、スペイン人でローマ・カトリックのイエズス会宣教師、死後カトリック教会の聖人とされたフランシスコ・ザビエル(Francis Xavier・1506〜1552)が、1549(天文18)年8月15日に鹿児島に上陸した。

日本人がキリスト教にふれた瞬間である。

宣教師は「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16・15)という聖書の教えを実践した。

彼らは福音宣教の使命を抱き、世界中に散らばり、山奥、熱帯雨林、劣悪な環境をものともせず、神の言葉を広める役割を果たす。ザビエルは「わが心の喜び」と2年半にわたる献身的な布教活動を日本で行った。

信長とキリスト教


ザビエルが日本に到着したとき、日本は下剋上の戦国時代。

天下布武を唱えた織田信長(1534〜1582)は、宣教師が献上したズボンをはきマントをひるがえす。信長は地球儀をもらい世界の実情を宣教師から聞き、彼らを重用し旧秩序を破壊するためにイエズス会の布教を容認した。

当時、日本で布教活動をしていたイエズス会士のグレゴリオ・デ・セスペデス(Gregorio de Céspedes・1552頃〜1611)は、貴重な記録を残している。


「今、改宗のための大きな扉が開けられようとしています。この地とそのほかに30もの国を治める信長殿は、日ごと私たちの聖なる信仰に愛情を深めています。だから私たちは彼との会話に期待を寄せています。もしこの皇帝がキリスト教に改宗したならば、彼らの王国すべての者が、大いなる畏敬と恐れをもって改宗する...」


日本に入植した初期の宣教師たちは、信長のキリスト教への改宗に大きな期待を寄せていたのです。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・マルコ・ポーロ『東方見聞録2』(平凡社、1971年)
・高瀬弘一郎『キリシタンの世紀』(岩波書店、2013年)
・朴哲『グレゴリオ・デ・セスペデス』(春風社、2013年)
・ウィリアム・V・バンガード『イエズス会の歴史』(原書房、2004年)