blog202.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

1582(天正10)年2月、「天正遣欧少年使節」がローマへ旅立った。

キリシタン大名の大友宗麟(おおとも そうりん・1530〜1587)、大村純忠(おおむら すみただ・1533〜1587)、有馬晴信(ありま はるのぶ・1567〜1612)が四人の少年をローマに送り出す。

少年使節の団員は主席正使・伊藤マンショ(1569〜1612)、正使・千々石ミゲル(1569〜1633)、副使・中浦ジュリアン(1568〜1633)、副使・原マルチノ(1569〜1629)である。

使節団の発案は、日本で宣教活動をしていた巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(Alessandro Valignano・1539〜1606)によるもの。

天正遣欧使節記


四人の見聞録は、ヴァリニャーノによって『天正遣欧使節記』として編纂されている。興味深いことに、『使節記』には「日本人奴隷」に関する記述がある。


ミゲル:このたびの旅行の先々で、売られて奴隷の生涯に落ちた日本人を親しく見たときには、道義をいっさい忘れて、血と言語とを同じうする同国人をさながら家畜か駄獣かのように、こんな安い値で手放すわが民族への義憤の激しい怒りに燃え立たざるを得なかった。

マンショ:ミゲルよ、わが民族についてその慨きをなさるのはしごく当然だ。かの人たちはほかのことでは文明と人道とをなかなか重んずるのだが、どうもこのことにかけては人道なり、高尚な教養なりを一向に顧みないようだ。

マルチノ:まったくだ。実際わが民族のあれほど多数の男女やら、童男・童女が、世界中の、あれほどさまざまな地域へあんな安い値で攫って行かれて売り捌かれ、みじめな賤役に身を屈しているのを見て、憐憫の情を催さない者があろうか。単にポルトガル人へ売られるだけではない。それだけならまだしも我慢ができる。というのはポルトガルの国民は奴隷に対して慈悲深くもあり親切でもあって、彼らにキリスト教の教条を教え込んでもくれるからだ。しかし日本人が贋の宗教を奉ずる劣等な諸民族がいる諸方の国に散らばって行って、そこで野蛮な、色の黒い人間の間で悲惨な奴隷の境涯を忍ぶのはもとより、虚偽の迷妄をも吹き込まれるのを誰が平気で忍び得ようか。

レオ:いかにも仰せのとおりだ。実際、日本では日本人を売るというのような習慣をわれわれは常に悖徳的な行為として非難していたのだが、しかし人によってはこの罪の責任を全部、ポルトガル人や会のパドレ方へ負わせ、これらの人々のうち、ポルトガル人は日本人を慾張って買うのだし、他方、パドレたちはこうした買入れを自己の権威でやめさせようともしないのだといっている。

ミゲル:いや、この点でポルトガル人にはいささかの罪もない。何といっても商人のことだから、たとえ利益を見込んで日本人を買い取り、その後、インドやその他の土地で彼らを売って金儲けをするからとて、彼らを責めるのは当らない。とすれば、罪はすべて日本人にあるわけで、当り前なら大切にしていつくしんでやらなければならない実の子を、わずかばかりの代価と引き替えに、母の懐から引き離されて行くのを、あれほどこともなげに見ていられる人が悪い。


少年使節ら一行は、日本人が奴隷として売買されていることに憤激。だが、『使節記』は対話形式をとっているので、論議は奴隷取引の責任問題へと移る。

問題の核心は、奴隷を売る日本が悪いのか、それとも奴隷を買うポルトガルが悪いのか、ということだ。これは「鶏が先、卵が先か」という堂々巡りになるが、奴隷を売る日本が悪いという議論にすり替えられていく。

イエズス会の『日本年報』


『使節記』を執筆したヴァリニャーノの論理によると、日本人は言葉巧みに同胞を騙して、ポルトガル人に対して懇願し値引きまでして奴隷を買うように仕向ける。ポルトガル人は違法と知りつつも、「日本人の執拗な嘆願」によって奴隷を買ってしまうのだ。

その上、ポルトガルに売り飛ばされた日本人奴隷は、キリスト教の教義まで教えてもらえる。いずれ自由の身となり、恩恵までが与えられる。

買い手のポルトガル人が罪を犯していることは認めつつも、売り手の日本が「賤役に陥るきっかけ」を作っていると責任を転嫁。だから、日本が違反者を厳重に取り締まるべきだ。法律を厳格に運用すれば、日本人の奴隷問題は解決すると暗に示した。

イエズス会の『日本年報』にも、日本人奴隷の記録が残っている。秀吉は、「伴天連追放令」を発した直後、使者を通じて「ポルトガル人が多数の日本人を買ひ、これを奴隷としてその国に連行くは何故であるか」と詰問した。

これに対してイエズス会は、「ポルトガル人が日本人を買ふことは、日本人がこれを売るからであって、パードレ達はこれを大いに悲しんでおり、これを防止するためできるだけ尽したが、力が及ばなかった。各地の領主その他異教徒がこれを売るのであるが故、殿下が望まるれば、諸港の領主に日本人を売ることを止めるやう命じ、これに背く者を重刑に処せられたらば容易に停止することができるであらう」と返答した。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・デ・サンデ『天正遣欧使節記』(雄松堂出版、1969年)
・イエズス会『日本年報 下』(雄松堂書店、1969年)