blog221.jpgFrom: 岡崎 匡史
研究室より

明治維新と祭政一致」の続きです。

明治維新の原動力は「祭政一致」の政治体制を打ち立てること。
しかし、理想と現実は噛み合わない。

神道を「国教」の扱いにすると、西洋列強から「信教の自由」を保障していない野蛮な国と見下されてしまった。

「治外法権」を撤廃させ、「関税自主権」を回復するには、西洋化へと舵を切らなくてはならない。キリスト教も容認しなくてはならない。

「信教の自由」を認め、キリスト教布教を許したことは、明治維新の精神である「祭政一致」を目指していた神道関係者にとって、歯がゆい思いであったろう。

刻々と変わりゆく時代のなかで、明治政府は「祭政一致」を貫徹して、いかに辻褄を合わせるかに苦心した。

国家神道


明治政府にとって一番簡単な解決方法は、「祭政一致」を放棄することである。しかし、明治維新を起こした正統性が「祭政一致」だったので、原理原則を放棄することは自己否定に繋がる。

明治維新の正統性を保持しつつ、「信教の自由」を認め、西洋からの批判をかわさなくてはならない。この難題を切り抜くために考案されたのが「祭祀と宗教の分離」である。

「祭祀と宗教の分離」とは、神社神道から宗教の機能を切り離し、国民の道徳上の存在と見なすことである。祭祀儀礼は宮中祭祀に結び付けられ、国家的な特権的地位をもつ「国家神道」を確立させたのである。

ルース・ベネディクト


世界的に著名な文化人類学者のルース・ベネディクト(Ruth Benedict・1887〜1948年)は、「国家神道」を次のように解説している。


「アメリカで国旗に敬礼するのと同じように、国民的象徴に正当な敬意を表すことを本旨とするものであるからして、これは『宗教ではない』、というのが彼らの言い分であった」「日本は、西欧流の信教自由の原則に少しも抵触することなく、すべての国民に国家神道を要求することができた。それはちょうどアメリカが星条旗に対する敬礼を要求しても、少しも信教の自由を侵害しない」


ベネディクトの説明は明快で分かりやすい。だが、ベネディクトはある意図をもって「国家神道」を「国旗」に譬えている。

本来なら、「国家神道」と並立して解説するならば「国旗」や「星条旗」ではなく、「聖書」という言葉を使うのが筋であろう。ベネディクトの論理からすれば、「アメリカが聖書に対する敬礼を要求しても、少しも信教の自由を侵略しないのと同じ」と、解釈することもできるはずだ。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・葦津珍彦『明治維新と東洋の解放』(皇學館出版部 、1995年)
・神社新報社編『近代神社神道史』(神社新報社、1976年)
・村上重良『天皇の祭祀』(岩波新書、1977年)
・ルース・ベネディクト『定訳・菊と刀』(現代教養文庫、1967年)