ヨーゼフ・メンゲレ


第二次世界大戦のとき、ドイツにヨーゼフ・メンゲレという男がいました。非常に優秀なお医者さんです。医学の博士号を取得し、医者免許も取った人です。ロックフェラーからの莫大な寄付を受けた優生学の研究所に勤めていた彼は、あるときアウシュヴィッツへの配属になりました。そこはホロコーストの象徴的な収容所でした。

毎日、何千人というユダヤ人がやってきます。メンゲレの仕事は彼らを医学的に徹底的に調べることで、彼はとりわけ双子と妊婦、そして目の色が左右で異なる人に対して異常な興味を持っていました。

メンゲレの実験対象は、労働力としてではなく、実験室行きが決定します。双子は何が一緒で、何が異なるのだろう。生まれる前の赤ちゃんはどのようになっているのだろう。目の色はなぜ異なるのだろう。遺伝子はどこでどのように繋がっているのだろう。そうした疑問を持ちながら、人間を延々と解剖して、調べていきました。


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ヨーゼフ・メンゲレ



逃亡劇


そのメンゲレは戦争が終結する1カ月前に行方をくらまします。この男、天才ですから、情勢を見ながら、ドイツが敗戦に向かっていることを察知していた。

どこに逃げたのか。最初、彼はドイツの田舎に隠れ、そのあとは、ナチス将校たちが持っていた地下組織を利用して国外へと逃亡しました。向かった先は南米のアルゼンチンです。パスポートはバチカン市国が発給しました。ローマ法王が認めたのです。

ナチスドイツの幹部らを捕まえることに必死になっていたのはイスラエルのナチ・ハンターです。彼らはかなりの数の党員、幹部らを捕まえたはずです。しかしメンゲレだけはどうしても捕まえられなかった。

メンゲレも年を取ってくると顔が変わります。それで捕まらずに長生きした。彼の最期はブラジルの浜辺でした。泳いでいて溺死しました。


遺伝子工学


優生思想も、優生学も、現代にて大真面目に研究している人はいないと思います。しかし、私が心配しているのは、そうした考え方や学問のあり方が名前を変えて現在も行われていることです。それは遺伝子に関する学問です。もちろん、ここに携わっている研究者の皆さんが優生思想について考えているというわけではありません。

しかし優生学の元々の発想は遺伝子の研究です。遺伝子組み換えやゲノム解析、その他もろもろの遺伝子工学の形となり、私たちの生活に大きな影響を及ぼすのではないかと考えています。生まれたときに遺伝子がチェックされて、それが操作される時代がやってくるのではないか、とさえ考えています。



西鋭夫のフーヴァーレポート

2016年6月上旬号「人口爆発」-11