アジア最後のフロンティア


北朝鮮の今後の動向を予測する上で、東南アジアにあるミャンマーは一つのポイントです。ミャンマーはアジア最後のフロンティアと呼ばれます。同国はかつてビルマとも呼ばれましたが、1962年に軍事クーデターが起きてから一党独裁政権が続いております。この独裁政権に対して、アウンサンスーチー氏を初めとする民主化運動が長らく続きます。2011年には経済の開放政策を実施して海外からの投資が活発になり、著しい経済発展を遂げました。

北朝鮮がミャンマーをどこまで信用しているのかについては議論があるでしょう。これは、北朝鮮がそもそもどこまで外国資本を信用しているのか、という問題にもつながります。同国からすると、外国資本はスパイの塊とでも言えるのではないでしょうか。

しかし、ミャンマーにとっての北朝鮮は非常に大きな存在です。


北朝鮮大使館


ミャンマーにある北朝鮮大使館は巨大な建物です。日本大使館とは比べものにならない。ちなみに、カンボジアにも、首相官邸の隣りに豪華な北朝鮮大使館があります。


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大切な国の大使館ほど、その国の政治の中心、経済の中心に建てられます。日本を例にするとよくわかります。例えば日本帝国時代、ドイツの大使館は今の国会議事堂の反対側のあたりにありました。明治期に遡れば、イギリスの大使館が江戸城の半蔵門あたりに建てられたことを思い出す人もいるでしょう。明治の礎を築いた男たちが、イギリスをどれだけ重視していたかがよく表れていると思います。

同じようなことが東南アジアで起きています。東南アジアに行くと、北朝鮮の大使館が街の中心部にあり、巨大で美しく作られている。東南アジア諸国が、北朝鮮をどのように見ているかが一瞬でわかります。私たちが知らないところで、世界の国々は北朝鮮とべったりとつながっているのです。


日本とミャンマー


ミャンマーは日本との関係も深い国です。第2次世界大戦時、9万2千人もの日本兵が命を失ったインパール作戦での戦場もこの辺りです。ビルマが独立する際に、日本兵が手を貸したこともあります。

1945年8月15日以降、多くの日本兵が引き上げていくわけですが、ビルマに入っていた工作員たちの複数人がビルマに残ったと言われています。最初はアウンサンスーチー氏のお父さんと戦いましたが、その後はイギリスからの独立のための戦いに協力するようになっていきました。

ミャンマーを舞台とした映画もあります。『ビルマの竪琴』は有名です。




西鋭夫のフーヴァーレポート

2016年10月上旬号「北朝鮮の恐喝外交」-4